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激動の山過ごし

バンカ島からスマランへ,そしてボヨラリへと移動しました. そこへはバスで2時間かけて行くぐらい辺境なところでした 初日はミルクを混ぜて煮詰めてして飴やスティックにしています. ただ私は買っていません.買えばよかった・・・ また,そこでは葉巻を作っていました.沢山の葉が乾燥して置いていました. そして夜に伝統的な踊りを練習しました. 初日ということもあって踊りには程遠いものでした.難しぃ また,プレゼントを持ちあって交換するということを行い,私は靴下をもらいました. 嬉しい(*゚▽゚*) 次の日,早速プレゼントの靴下を履きました.グッジョブ!! この日は,小麦粉,葉,卵,香辛料など色々と混ぜて,薄く引き伸ばして形を作り商品にする.一通りやりましたが形を作るのがとても難しかったです. またやりたいなと思いました.次こそはうまくっ!! 午後からは山へと登り,人参を収穫しました. 茎が枝分かれしている方がよく,一本まっすぐ太い茎が出てる人参は古いそうです.勉強になりますねΣ('◉⌓◉’) この時,日没を見る予定だったのですが雨が降っていたせいで霧が発生して見れませんでした.残念(;_;) そして夜,近くの広場で明かりが灯り,声がしたので行ってみると遊園地が開いていました!! そこで日本語を話せるオーナーがいたので話を聴きました. この遊園地はビジネスでやっており,だいたい2週間ごとにインドネシアを移動してそうです. 乗らなかったのですが見ているだけで楽しみました. そして最終日,朝から日の出を見ようと山へと行きました. しかし先日と同じくして霧が出ており,はっきりと見れませんでした. 夜,キャンプファイヤーをして各々見世物をして楽しみました. こんなにも充実した日々を送れたのは沢山の方の助力のおかげです ありがとうございました

温度差20度!?極タウンで過ごした5日間

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皆さん、お久しぶりです。 3Aの谷口です。     中級編に参加している私は、まだまだインドネシアを満喫中です。 そして、実は昨日までボヨラリという山村で生活していました。 ボヨラリという場所は、2つの山に挟まれた麓にある村で標高が高いため、昼間でも16度くらいしかありませんでした。30度を超えた市内から移動した私は、そうそうに風邪を引きました…。                              朝日を浴びる午前5時のムルバブ山                                           しかし、ここで過ごした5日間は私の人生において一生忘れられない経験になりました。朝方や夜になるととても冷え込むにも関わらず、私達が泊まった宿には暖房器具がひとつもありませんでした。さらに、水道はかなり頼りない水圧でトイレもお風呂もとても困りました。正直精神的にキツい時もありました。それでも、なんとか5日間笑って過ごせたのは、そこで出会った仲間や地元の方々の支えがあったからだと思います。     ボヨラリで共に活動した参加者は、バングラディッシュ・中国・オーストラリア・ドイツ・インドネシアと世界中から集まっていました。そしてこの私たち以外の参加者は、AIESECと呼ばれる団体に所属している人達で、皆さんこのようなプログラムを何度も経験しているようでした。 その為、戸惑っている私達に常に誰かが話しかけてくれ、ひとりでいる時間はほとんどありませんでした。次第に皆と仲良くなり、夜は暖かい紅茶を持ちながら1つの部屋で夜遅くまで談笑する毎日でした。     ボヨラリでは、地元の産業を見学させて頂いたり伝統的な踊りに挑戦し、たくさんのインドネシア文化を体験する事が出来てとても楽しかったです! さらに、英語でのハイレ...
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バンカ島での生活 二年電気情報科の金澤 輝弥  バンカ島では、五泊六日のホームステイをしました。バンカ・ブリトゥン大学のオオップさんが私を受け入れてくれました。オオップさんの家はインドネシアでも減少しつつある伝統的な家でした。  家に着いて早速気になったのはトイレです。トイレは旧型の大便器でした。トイレを終えたら隣の桶から水を手桶でくみ流しました。トイレットペーパーはないから手で水をくんで左手でお尻を洗い流せと言われましたが、私のプライドが高いためか日本から持ってきたウエットティッシュで拭き拭きしました。拭いた後のウエットティッシュは捨てるところがなかったのでそーっとゴミ箱に捨てました。(^^;) ほかにも、洗濯は手洗い、寝床には扇風機なし、虫はお友達など今のインフラ設備の整った日本ではなかなか送ることができない生活をしてきました。    また、移動手段は小型バイクでした。 バイクで移動していたからか、バンカ島の街並みをよく覚えています。屋台やモスク それから鶏。日本では発見することが難しいものばかり覚えています。右の写真は私にとってなかなかいい写真です。音やにおいが今にも伝わってきそうな感じがしますねぇ~('ω')    バンカ島に来たらやっぱりビーチでしょ 私が行ったところは白い砂浜と透明度の高い海、そして大きな石がありました。水中メガネがなかったので魚が見れなかったのが残念です。  16才でバンカ島にホームステイすることができてとてもうれしいと思っています。バンカ島の人々の生きる強さを見ることができてよかったです。
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2Mの上田遥介です。 インドネシアでの楽しい時間はあっという間に過ぎてしまいました。参加前は異国での生活に不安を抱えていましたが、いざジャカルタのスカルノ ハッタ空港に着いてみると構内には見慣れた丸亀製麺のお店が。一日目、すでに日本のあっさりした食事が恋しかった僕は思わずかけうどんを食べてしまいました。この甘えの後インドネシア本場のスパイシーな料理にヒイヒイ言いながら苦戦したのですが...笑 ちなみに、現地の方々はこの味付けがデフォルトなので、食事を辛いと感じることはめったにないそうです。           ↑連れて行ってもらったレストランにて。辛うまい。 三日目からはバンカ島のAbiさん宅で過ごすことになりました。ホストファミリーは僕とディポネゴロ大学の学生Adityaさんを「二人も大きな息子が来てくれてうれしい」と言って温かく迎えてくださいました。Abiさんは、とてもアクティブな方。ホストファミリーと自由に過ごせる日には、Abiさんが連れていきたいところ、僕の連れて行ってほしいところの両方に車を走らせていただきました。アーチェリーもたしなんでいらっしゃるようで、僕にも体験させてくれました。とても丁寧に教えて頂いた甲斐があり、続けるにつれ真ん中の黄色いゾーンに当たるほどにまで上達しました。奥さんのBundaさんも、僕と同じ年のRendraくんも、ルームメイトのAdityaさんも、親切に接してくださいました。 僕からもおかえしにと、皆さんに日本の文化の一つ、折り紙を教えました。 特にBundaさんは学校の教師をしていらっしゃるので、私もこれを子供たちに教えたい!と言って喜んでくださいました。           ↑家族みんなで折った作品たち。 九日間、国内外問わずたくさんの人に支えられ無事プログラムを終了することができました。今回自身初めての海外研修にチャレンジし、クリアした全ては余すことなく僕の自信につながりました。参加して心からよかったと思っています。感謝の思いと、思い出と。絶対に忘れません。支えてくださった皆様、本当にありがとうございました!

ジャカルタ・バンカ生活

ジャカルタ・バンカ島での活動を終えたので特に印象に残っているものを時系列を追っていきたいと思います. 約7時間のフライトを終え,ジャカルタに着きました. 本当に長くかんじました. 次の日, electric parkや伝統的な家を見回ったりしました. そしてプルタミナ大学へと訪れ,学校内を案内してもらいました. 一室にボール盤や旋盤などが置かれていて,実際に動かしてもらいました. これには驚きを隠せず興奮してしまいました. その後,インドネシアの伝統的な楽器,アンクルンなどで演奏してもらいました. これらの楽器は竹から作られています. 聴いていてとても楽しかったです. そして,実際に触らしてもらいやってみました. 初めての経験だったのでやり方が分からなかったもですが丁寧に教えてもらい楽しく1日を終えることができました. バンカ島へ ホームステイ先の家に着きホストファミリーが出迎えてくれました. 最初に驚いたところは水洗関係です. トイレとシャワーは一体となっていてシャワーはトレイでかける感じです. これもインドネシアの文化だと思い徐々に慣れていき楽しみことができました. さて,初日ですがホストファミリーに島内を案内してもらいました. ですがホストファミリーは忙しく別のホストファミリーとともに移動しました. ココナッツジュースを飲んだり, Universitas Bangka Belitung, UBBを案内してもらったりして,存分に楽しむことができました. 2日目は会議を聴きましたが,専門用語が多く理解できませんでした. このくらいは聴き取れるように語彙数を増やしたいと思いました. 午後からは,ハチの生態系を守る森やカオリン湖に行ったり,マングローブで川をボートで下ったりしてとてもアクティビティでした. これらを見てこの環境を守っていきたいと思いました.がバンカ島ではスズが資源となっていて 生活のために必要なところがあるので両立していけるようにしなければならないと思いました. 3日目はお待ちかね,ビーチです. 道中,色々な彫像が置いてありワクワクしました. サングラスを無くしたり,怪我したり色々あったけど楽しむことができました. 4日目に最初訪れたのは,軍のセレモニーみたいなものでした. 初見はとても厳かだ...

インドネシアサマースクール9月15日

2年 電気情報工学科の田中です。   9月15日 インドネシアサマースクール初級編の僕達は、あと1日で帰国することになります。  とても充実していて楽しく、日本では絶対体験できない事をかなり体験する事が出来た7日間でした。 さて、インドネシアサマースクール7日目は朝Puri56というホテルで集合し、そこからバスに乗って移動します。 まず最初に向かったのはpemerintah provinsi kepulauan bangka belitung です。 どういったところなのかはよく分からなかったのですが、pemerintah はインドネシア語で政府という意味らしいので市役所のようなところなんでしょうか? そこでは何かの行事の真っ最中でスカウトの日と書かれた幕があり、みなさん外に並び前で話している方の話を聞いているようでした。それを椅子に座って観るだけかと思っていたら、そこで前に出て何か偉い人に挨拶をしてくれ、と言われて挨拶をする事になりました。正装した人達の前でスニーカーやジーパンを履いた集団が挨拶なんてしていいのか⁉︎ と思いましたが、何も言われる事も無く終わったので多分よかったのだと思います。 その後牧場で見学、かなり近くで見ることが出来ました。そこから少し歩いて近くのバンカ島の伝統的な家に行きました。中は近代的でテレビやクーラーがありました。 次は橋を見に行きました。ちょうど橋が跳ね上がっている状態で車も人もほとんどおらず、バイクでアイスクリームを売っているおじさんと2台くらい車が止まっているだけでした。 その後は昼食、各々自分の食べたいものを選びお金を払って食べました。 レモンティーが7000ルピアでとても安かった(1円で100ルピアに交換したので実質70円) 午後はまずスズの博物館でインドネシアのスズの歴史などを見る事ができました。 その後、家を見てコミュニティガーデンへ移動したのですが、途中からはバスが入れないようで、軽トラの荷台に移ってコミュニティガーデンまで向かうというかなり開放的なドライブでした。 そこでカシューナッツの苗木を植えさせてもらい、鳥に餌をあげたりしました。 そしてお土産を買いPuri56に戻り、ホストファミリーやバンカ島を案内してくれた方々がパーティーをしてくれまし...

バンカ島の自然と人々と…

建築学科2年の曽我部です。 入門編の僕たちは既に旅の折り返し地点。 疲れはありますが健康です。このまま最後までインドネシアを満喫したいと思います。 さて、5日目の9月13日は、バンカ島にある バンカ・ブリトゥン大学(UBB)の方とツアーです! ちなみに、僕のステイ先のホストであるIbrahim(イブラヒム)さんはUBBに勤めていて、 "Dr.Ibrahim"とあちこちで書かれていたので、相当偉い方なのでは、と畏怖を感じています。 本題に戻りましょう。 午前中はカンファレンスの見学。日本からは明石高専の笠井校長と藤原先生(機械工学科)が発表しました。発表テーマは様々で、専門外の話を英語で言うので、残念ながら細かいことはわかりませんでした…が、普段は見られないカンファレンスの様子を体験できてよかったです。 午後、まず始めは蜂の生存圏を保護する施設の見学。 次に、ペラワン湖・ペラワン砂漠を散策。 そして、マングローブの森へ。川をボートでものすごい勢いで抜け、自然を体で感じてきました。 日本では見られない様々な景色に、みんなテンション上がってました。 ただ、この地域は紙製造のための森林伐採や、錫(スズ)の採掘による環境破壊が問題となっているようです。紙はもちろん、錫はスマホや家電にも使われるなど、我々の生活には欠かせないものなので、エコとエゴとの関係をこれからどうしていくかがポイントとなりそうです。 そして、川辺の家の様子を見ました。子供たちは元気に川で遊んでいましたが、その暮らしは日本人としては想像もできません。 ここで少し人々のお話を。 行く前から現地の人々について良し悪し様々なイメージがありましたが、今日の旅で確信したことは、「一緒にいてとても楽しい!」ということです。移動中も歌ったり冗談で笑い合ったり、とにかくみなさん陽気です。英語やインドネシア語で伝わらないことも多いですが、何よりも意思が伝わるだけでも嬉しいです。 夕食の前、現地の人たちに、プレゼントとしてインドネシアの名前をそれぞれいただきました!僕は名前の敬太(KEITA)のKをとってKaryo(カリョ)と名付けられました。日本に帰ってからもこの名前を忘れないでいようと思います。 最後に、体調を悪くしている学生もいるので、でき...